「元気があれば何でもできる」とはまさにその通りで、心身ともに健康でなければ様々な支障をきたすことになります。こと高齢者にとっては病気や障害によって体の衰えが加速し、健康寿命が短くなったり、あるいは寝たきりにまで発展することが少なくありません。このような事態にならないために何をしなければいけないのか。その軸となるのが、筋トレなどの運動です。高齢者だけでなく、将来の高齢者である若い方々も耳を傾けていただければ幸いです。また、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さんにいつまでも元気でいてもらうために、ここで学んだことを教えていただければと思います。



高齢者と筋トレ

高齢者の定義としては65歳以上ということになっていますが、もはや現代社会においては65歳ではまったく高齢者という感覚がないのは多くの方も実感していると思います。

しかしながら、今後ますます高齢社会になって少子化が進行していき、人口減少社会になっていく中で寿命を長くしていくこと、その長くした寿命の中でいかに健康でいられるかについては国家的な課題でもあります。

おそらく多くの方々は自分の老い先について安心しておきたい、家族にも迷惑をかけたくないとお考えになっていると思います。そこで、すべての方々にメリットのある筋力トレーニングと高齢者とのかかわりについて考えていきたいと思います。

筋トレの必要性

高齢者にとって筋トレの必要性は、確実にあります。

なぜ、高齢者にとって筋トレが必要なのかというと、例えば身長170数センチ、体重60数キロ、重い方になると70キロ、80キロの方もたくさんいますが、このような長さと重さを持った体を地球の重力の影響下でコントロールしていかなければいけない生き物だからです。

しかも、ほとんどの動物が常時四足歩行で歩くのに対して、我々人間は二足歩行ということになります。二本の足で立って、その長さと重さを支えなければいけないわけですから、重力にいかに抵抗することができるかという筋力が重要になってきます。

これについては、骨格筋群を鍛えることになりますが、私たちの骨格筋は実は重力に抵抗するための筋肉なんですね。

骨格を重力に対して平行に真っ直ぐに立たせるためには筋力が重要で、これは運動会などの時に校庭に立てるテントと同じものです。テントのハリをロープで引っ張る、この張りの部分は骨格であり、引っ張っているロープが筋肉になります。

テントのロープが弱ければ、テントが倒れやすくなってしまうのと同じで、人も筋肉が弱っていると、倒れやすくなってしまいます。

高齢者が倒れやすくなるというのは、非常にリスクが大きくなります。体重はあまり変わらないのに筋力が弱ったことによって体が曲がり始めて、そして転倒のリスクが高まってくることになります。

真っ直ぐに立っているよりも曲がっている状態の方が地面に対して倒れ込む力、回転する力が大きくなってしまいますので、どうしても転倒のリスクが高くなってしまうわけです。そうなると筋力が弱くなるということはマイナスなんですね。

転倒することを排除し、そういったリスクはないものだとすると高齢者にとっては筋力が弱まることはある面では若干メリットがあります。

どういうことかというと、背中が曲がらずに骨の密度が健全で筋力だけ弱ってしまったとすると、真っ直ぐに立ったままでは重みが全部関節にかかってしまい、椎間板が圧迫骨折してしまったりとリスクが高まってしまいます。ですから、骨の中からある程度のカルシウムを脱灰して、骨格を変形させることで重みを分散するということは高齢者にとって自然な適応であると言えなくもないわけです。

ところが、生きている限りはその場にずっと立っていることはできませんので、やはり生活の中で動くわけですね。動くと途端に転倒するリスクが高くなってきます。

従いまして、高齢者にとって抗重力筋を鍛えることによって潰れない骨格を維持するということが非常に重要になってきます。

この点で筋トレは高齢者にとって必要性があると、この一点だけでも十分言えるでしょう。

高齢者による筋トレの危険性・安全策および効果

骨について

高齢者が筋トレをすると骨に対して危険性がないのかと、ただでさえ背中が丸くなっているのにと。骨格が弱っている状態で過負荷をかけると当然リスクは高まります。それは筋力が成長してくるのは運動を行って以降の話ですから、筋力が高まっていない状態で過負荷をかけてしまうと、もしかすると骨折に繋がってしまうかも知れません。

ですから、運動をどのようにスタートしていくかということが重要になってきます。

よく運動の効果を出す時に最大筋力の何%で何回くらい(10回が限界の重量で行う等)というように定量的に指導しがちになりますが、これは非常に危険があります。

まずは、正しいフォームをマスターすることが最も重要になってきますので、軽い負荷からで開始して大丈夫です。

例えば、スクワットをする時に多くのジムではバーベルを担いでスクワットをするということを教えますが、対象者が高齢者の場合はバーベルを担ぐ前に自分の体重だけで行う(自重トレーニング)ところからスタートすることになります。

自分の体の重みを使って膝関節の曲げ伸ばしを行う。正確にはスクワットの場合は、膝関節と股関節の曲げ伸ばし運動と言うことになりますが、その中で最初は浅い角度からはじめ、徐々に慣らして少しずつ可動域を深くしていくようにします。

そして、狭い可動域で行っていき全く問題ない、心理的に不安感もない、その場合に少しずつ可動域を広げていきます。

可動域を広げても楽になった、関節もいたくない、心理的な不安もない、これを確認したうえで初めておもりをかけていきます。

バーベルを首の後ろに担いだりするスクワットの場合だと、やはり背骨が強くなっていない段階では少し不安もあるでしょうから、最初は両手におもり(ダンベルや中身の入ったペットボトルなど)を持って行うところから少しずつ始めていかれると安心です。ご自身の経過を観察していきながら徐々に慣らしていくようにして下さい。

骨については筋トレをやることによって骨の強度が必要になると体がそのことを実感してくれますので、必ず食べた食事の中から必要なカルシウム分を骨の中に送り込む、造骨作用というものが高まってきますので、運動のフォーム作りに慣れて、可動域もある程度取れるようになって、重みをかけることができるようになってきたら、徐々にで構いませんので一週間、二週間くらいの単位で少しずつ負荷を上げていくようにして下さい。

そのことによって、失われた骨の密度も必ず復活していきます。

血管について

血管についての危険性としては、動脈硬化が確認されている、あるいは血圧が高い、心臓に不整脈が起きている等々、医療上の診断から運動について制限が加えられているような方の場合は、決して自己判断ではなく専門の医療機関で必ずメディカルチェックを受けて、そして医師の診断のもとに運動の可否を判断して、できるという状況であればドクターの処方に基づいて少しずつ運動を追加していくのが大原則になります。

それ以外の方で特に病院で検査を受けたけれど問題はないという方であれば、若い方と同様、運動をやって構いません。

ただし、一気に効果を出すということではなく、生きている間、残りの人生を含めてずっと将来現役でいていただくためにも継続することを大前提に据えて、効果を出すことを焦るのではなく、無理のない、毎日継続できる範囲の中で筋トレを採用していただければと思います。

繰り返し行っていきますと、血管が丈夫になってくことが分かっています。

その他の筋トレ効果としては、筋トレを行っている最中、曲げているときは骨格筋が収縮するわけですが、骨格筋が動くことによってエネルギーの代謝が起きる、骨格筋が筋肥大を起こす、毛細血管が発達する、骨格筋の中にある生理活性物質というものが良好な状態に変わっていく、などの効果が挙げられます。

特にミトコンドリアの脱共役タンパク質というものが骨格筋の中にもあります。UCP(Uncoupling protein)というものですが、そのタイプ3(UCP3)というものが骨格筋の中になって、これが動脈の血管の柔軟性を高めてくれるという効果があります。

従いまして、少しずつ筋トレを継続していくことによって血管の健康度も高まるということがありますし、血管の中を流れている血液も徐々にサラサラにしてくれます。

特にHDLコレステロール(善玉コレステロール)を高める効果があるとの報告もありますので、ぜひ継続をして、一過性の運動効果に終わらないようにずっと続けていくという前提で、ぜひ筋トレを行っていただきたいと思います。

心臓について

それから心臓についての不安感もあるかも知れませんが、筋トレというのは1時間も2時間を繰り返すようなマラソン競技のようなものではありませんので、必ず運動をやったらインターバルをとって休憩時間があるわけですね。

高い負荷をかけてずっと持続するような場合は、当然心臓はかなりの負担を受けることになりますし、血圧もどんどん上がっていき非常に危険性が高まることになります。

しかし、筋トレはそのようなものではありませんので、自分に合った適度な負荷を選んで10回とか、20回とか決めた反復回数を繰り返して、そしてインターバルをとることで安静時に近い状態まで回復していくことになります。

負荷をかけて安静時まで回復させることを繰り返すことで、日常生活の中で階段を上るとか、小走りで横断歩道を渡らないといけなかったり、そういう負荷がかかった状態からリカバリーする能力も高まってきます。

ぜひ、繰り返し継続することによって少しずつ体の良好な状態を自分で獲得できるようにガン合っていただきたいと思います。

高齢者による筋トレの具体的なメリット

運動機能の回復

具体的なメリットとしては運動の機能が回復していきます。これは、女性も男性も年齢も問わずすべての方に起きる運動の効果です。筋力が高まる、柔軟性が向上する、筋持久力が高まるなど、様々な効果が十分に期待できます。

姿勢の改善

それから骨格筋が強くなることによって、曲がっていた姿勢が徐々に回復していきます。特に立位で行うようなフリーウエイトを使ったトレーニングをすることによって、体の姿勢制御の面で前後左右に揺れるバランス感覚を改善することができますし、重い重量を使ってしっかりトレーニングすることによって、曲がった体ではダメだということを体が認識して徐々に姿勢を良くする方向に働いていきます。

骨格は筋肉に引っ張られることによって、自分の至適なポジションを作っていきますので、筋力を取り戻すことは姿勢の改善には非常に有効になってくるわけです。

骨格には必ず筋肉が付いていますが、運動を繰り返すことによって骨格そのものに負荷をかけてそこにカルシウムをどんどん沈着させて造骨作用を高めることができます。

筋力、そして骨格はセットで強くなっていきますので、筋トレによって運動機能を回復させながら姿勢も改善させることが可能になってくるわけです。このようなことは、数々の研究報告から確認ができています。

私のジム(森部先生運営のジム)にいらっしゃっている方でも最高年齢の方は95歳の方。そして、80代の方でも珍しくないような時代になってきました。

ジムにいらしている皆さん、日々ご自身のペースで筋トレを楽しんでられますので、ぜひ皆さんも実行していただきたいと思います。

寿命

それから、筋トレを行うことによって寿命にもよい影響が出るということが世界中いろいろなところで少しずつ研究成果があがってきています。

中でも非常に面白い研究としては、握力と寿命の関係を調べた研究がありまして、握力が強い人が同じ老人ホームとかに入っている人の中でも長くなっているとの報告がります。

あるいはスウェーデンの研究では数十年間の調査で20代から40代までの過程で病気のかかり具合だとか、事故以外で亡くなられた死因を調べていった中で脚筋力、太ももの伸展筋力を測定データと握力を図っているデータとの相関を見ていくと筋力が高い方が長生きをしているということも統計上明らかになってきています。

しかも、これは数十万人という膨大な数の被験者を長年追いかけた大規模な研究成果なので、たまたまそうであったというものではありませんので、信頼度が高い研究であるといえます。

今後筋トレの愛好者の中で寿命の長い方、年を召されても生き生きと若々しくしてある方はすごく増えてくるのではないかと期待をしています。

生活の質

筋力があって自分の体重が軽く感じられると、どっこいしょとか、よっこらしょとか、掛け声をかけなくても自分の体をいろんなところに移動させることに苦がなくなってきます。

従いまして、生活の中で座りがちな生活、外に出ていくことが億劫になってしまっている、こういった方々に比べて外に出ることが全く苦にならない、そんなに疲れないということであれば、当然のことながら生活の質は著しく改善されていくということが言えます。

筋トレの具体的な成果としては、上述したようなことが言えますので、ぜひ筋トレを採用していただければと思います。

筋トレのその他メリット

その他としては、コミュニティーが広がることが挙げられます。これは生活の質に関わってくる部分かも知れませんが、体力に自信があって自分が元気であることが周りの方からみると「お若いですね」、「何かなさっているんですか?」ということで、他者から関心を持ってもらえることに直結してくるんですね。

普通、年をとれば体が曲がっていって、元気がなくなって、シワシワになって、そして愚痴の一つや二つ言いたくなる、勝手にそのようなイメージを持たれている人もいるかも知れません。しかし、そのような中で自分だけ同じ年代の人に比べても若々しく見えるということは若い人にとっても非常に興味があるところなんですね。

自分もこれから先、若々しく元気でいたいという方々すべてにとって、それを実践しておられる方というのは、もの凄く存在価値があります。ですから、多くの方々のためにお手本となって、ぜひ筋トレを採用して高齢者の中でも高齢者と言う言葉を使ってはいけないんじゃないかと思われるくらい自分の新しい在り方というものを創造していっていただきたいと強く願っています。

【関連リンク】

筋トレTV 出演・動画監修 森部昌広 先生
九州共立大学 経済学部准教授・経済経営学科スポーツビジネスコース主任・サッカー部部長、一般社団法人全日本コンディショニングコーチ協会代表理事、一般社団法人日本メンタルトレーナー協会理事、九州大学非常勤講師(健康・スポーツ科学)、財団法人福岡県スポーツ振興公社スポーツアドバイザー、株式会社GET専務取締役、アイ・エム・ビー株式会社取締役、森部塾塾長