肩甲骨の可動域、そして可動性を高めることによって得られる効果および運動方法について説明したいと思います。特にスポーツをしている人は肩甲骨の動きを改善させることでパフォーマンスのアップに大きく貢献します。ぜひ、理論とトレーニング方法を習得して試合で活かしていきましょう。
肩甲骨の可動域・可動性を高めることによるメリット
まずは解答から先に説明すると、可動域や可動性を高めて、柔軟性が増したり、よく動くようになるとリーチ、腕の長さが改善されます。不思議に思われるかもしれませんが、これはのちほど説明します。
腕が長くなることによってスピード、筋力、パワーが改善され、スポーツのパフォーマンスに非常に大きな貢献をします。
それから、一般の方にも非常に有効になってくるんですが、例えば肩こりになりにくくなります。
競技選手の場合ですとどうしてもよく使う部分は障害の発生が多くなってしまうんですが、その障害の予防にもつながるということで非常に大きなメリットがあります。
肩甲骨周辺の解剖学
次に解剖学的な部分を見てきます。
肩甲骨周辺の筋肉図です。
前からみた図の中心にあるのが「胸骨」です。そして胸骨の右側が肋骨を通り越して奥にある肩甲骨の内側にある筋肉を表しています。その上部には肩甲下筋があります。
今度は後ろから見てみると、肩甲骨の上を覆うように棘上筋、棘下筋、大円筋という筋肉が付いてます。
これらの筋肉がバランスよくうまく作用することによって肩甲骨の位置が確保されますし、よく動くような条件が揃います。
肩甲骨は三角形の形をしていますが、肋骨の上に関節構造ではなく浮かんでいる形になっていて、背骨に寄る、引き下げられる、上にスライドする。このような動きをすることが可能になります。
おおまかに言いますと、上下左右に自由に動くというのが可動性があるということになります。その可動性を作るためには、当然可動域がなければいけませんし、その可動域の中で可動性を出すための筋力が必要になります。
可動域・可動性改善によるスポーツへの影響
肩甲骨の可動域・可動性を改善していくと、何がどのようにスポーツにとって影響するかということですが、有名なニュートン力学の第2法則(運動の第2法則)から知ることができます。
運動の第2法則 : F = ma
この式は、力(F)というのは、質量(m)と加速度(a)を掛け合わせたものであることを表しています。
これが意味することの一つに、
同じ加速度を得るためには、質量が大きいほど大きな力を加えなければならない。
どういうことかというと、一定の加速度で物体を動かす時に、そのものが重ければ重いほど大きな力をかけなければ同じ加速度を出すことができないと言うことです。
写真は野球のトレーニングのシーンですが、私(森部先生)が小学生の野球少年にピッチングについての説明をしています。
野球のボール重さは同じです。体の大きな人が投げても、小さな人が投げても同じボール同じ重さ、サイズのものを使って投げるわけです。
例えば、外野を守っていればできるだけ遠くに正確に投げなければいけない。内野手の場合はランナーをアウトにしなければいけないのでできるだけ早く正確に投げなければいけない。こういったところでパフォーマンスが要求されます。
ピッチャーの場合は、18.44mと投球の距離が決まっていますので、その中でいかにバッターに対して有利に立つかということになりますと、最大の速度を出せた方がいいわけです。最大の速度があって、その中でスピードの緩急をつけるとバッターはなかなか対応がしにくくなります。
そのためにはまずは速い球を投げなければいけない。速い球を投げるためには、ボールに対していかに大きな力をかけるかが重要になってくるわけですが、それは筋力を鍛えれば済むという話ではありません。
単純に考えて、同じ筋力を持っている人で体の小さな人と大きな人を比べると、やはりどうしても体の大きな人の方が有利になってしまいます。
この場合の体が大きいというのは、腕が長いということをイメージしてもらえれば分かります。
例えば、釣りで釣竿を遠くに放るときに短い竿で投げるのと、長い竿で投げるのとでは、どちらが遠くに飛ぶかということを考えればお分かりかと思います。
長さは非常に大きな武器になるんですね。
野球で同じ身長の人と比べても上手に投げる人、速い球を投げることができる人とそうではない人がいるんですね。体の使い方の問題ももちろんありますが、同じ体のサイズなのに速い球を投げることができる、これを筋力だけで求めようと思うとウエイトトレーニングだけすればいいのかということになってきますが、そういうことではありません。
つまり、肩甲骨がうまくスライドすることによって実際の腕の長さが単純に肩から手までではなく、肩甲骨が稼働することによってリーチを伸ばすことが可能になるということを意味しているわけです。
ボクシングであれば相手との距離感の部分でより長いパンチを出すことができることになります。
こういった事を可能にするためには、肩甲骨の可動域の可動性を改善することが非常に重要になってくると言うことを覚えておいて下さい。
もう一つ、力学の式をご紹介します。
P=fv
パワー(P)というのは、力(f)と速度(v)を掛け合わせたものであることを表しています。
式を導くとこのようになります。
パワー=仕事量÷時間
=(力×距離)÷時間
=力×(距離÷時間)
=力×速度
仕事量(力×距離)は力と距離を掛け合わせたものになります。
さらに変形させると、時間分の距離(距離÷時間)が速さということになります。
これにより“力×速度”が導かれ、パワーを出すためには力と速度を掛け合わせたものであることを理解して下さい。
そうしますと、大きな力を出す、あるいは速い速度を出すことによって大きなパワーを生み出すことができことになります。
バッターに対してボールを投げる、相手に対し強いパンチを打つ、どちらもパワーが必要になるわけで、力と速度を掛け合わせたものでパワーを作るわけなんですね。
下の図は人の力と速度の関係から得られる力とパワーの関係を示したものです。
縦軸にスピード(速度)、横軸が力の大きさになっています。
それぞれの値を掛け合わせたときにパワーのラインが出てきます。(山になっているライン)
図から判断しますと、おおむね力が最大筋力に対して35%くらいのときが一番大きなパワーを生み出すことができるということが分かります。
そうすると、自分の力を高めた上で35%くらいの力で、できるだけスピードを意識したトレーニングをしておくとパワーを出せるということが分かります。
そのために、肩甲骨をしっかりとよく動くようにしてあげることが非常に重要になってきます。
解剖学的な構造、それから肩甲骨がどのように動くかという特徴を理解しておかないと、ただ筋力を鍛えればいいとか、十分に動ける状態を作っていないのにスピードだけを求めて練習量を増やしてしまうとか、このようになってしまうと一箇所にかかる負担が大きくなったり、筋力のアンバランスを凄く強調してしまい、そのことにより怪我が増えてしまうといったことが起こりえます。
こういったことを改善するために肩甲骨の可動域・可動性をよく高めておくことが、非常に重要であることをアドバイスしておきたいと思います。
肩甲骨の可動域・可動性を高めるトレーニング法
まずは、非常に簡単にできる方法としては、肩を大きく回す方法です。
ただ、腕を大きく回したところで肩甲骨はあまり動かないようになっています。どうしても腕の付け根から先の部分で動きを作ってしまう傾向にあるからです。
ですから、そういったことを無くすためにシャツの肩口を掴んで、肘の先端部分でできるだけ大きく円を描くように動かすようにします。このように動かすことで、肩甲骨の動きはダイナミックな動きになります。うしろから回す、前から回す、いろいろな方法で行うことができます。(詳しくは動画を参照ください。10分50秒頃~)
他には、椅子を使った方法があります。
椅子に向かって体を倒して手を着きます。そして、肘を伸ばしたまま肩甲骨のみを上下させて稼働させます。できるだけ体を沈める。できるだけ広げる。広げた時は体の位置が高く上がります。動作中、肘は曲げないようにします。この可動域をできるだけ大きくしていきます。
この方法で可動域を作っていきます。可動域を作れるようになったら、可動性を出すためにここに筋力の要素を上乗せしていくことになります。
例えば、先ほどの方法では脚を立てて行っていましたが、今度は脚を伸ばして腕立ての姿勢で同じ動作を行います。
肩甲骨の場合は、寄せる、広げるという動きの他に上下のスライドがあります。この上下方向に関しては、例えば鉄棒にぶら下がって肘を伸ばしたまま肩甲骨のみで体を上げたり下ろしたりする方法があります。あるいはバーベルを頭上に持って肘を伸ばしたまま肩甲骨だけを上下に動かす方法もあります。
このような動作をすることによって負荷に対しての筋力が強化されていきますので、可動域を作りながら可動性を改善することができます。非常に簡単にできるトレーニングですので、ぜひ実践してみて下さい。
【関連記事】
筋トレTV 出演・動画監修
森部昌広 先生
九州共立大学 経済学部准教授・経済経営学科スポーツビジネスコース主任・サッカー部部長、一般社団法人全日本コンディショニングコーチ協会代表理事、一般社団法人日本メンタルトレーナー協会理事、九州大学非常勤講師(健康・スポーツ科学)、財団法人福岡県スポーツ振興公社スポーツアドバイザー、株式会社GET専務取締役、アイ・エム・ビー株式会社取締役、森部塾塾長