この講義では森部先生の講義を受けた方々の感想文や質問にお答えする形式で知識を深めていきます。今回は運動前後に行うストレッチの正しい考え方と方法についてお話しします。ぜひ、運動指導者をはじめ、競技者は正しい知識を身に着けて怪我なく最善の効果を引き出してください。 



ストレッチの目的、違いを知る

【ストレッチの講座に参加した方の感想】

試合直前までストレッチを行っていた。特に全国大会につながる試合の前に怪我をすることが多く、「何故ストレッチを行っているのに?」といつも悔しい思いをした。(サッカー)

運動をする前にストレッチをすることは、準備運動として当たり前ではないか、という知識は皆さんお持ちだと思います。

ところが注意すべき事項があります。

一言でストレッチと言いますが、ストレッチ自体には非常に多くの種類があって試合や運動前に行うストレッチと試合後、運動後に行うストレッチとでは意味合い、そして種類が違うことを認識しておく必要があります。 

このことを分かっていない指導者が非常に多いのが現状です。特に学校教育の中の部活動の世界でほとんどの方が分かっていないのではないのかなと思います。

もしくは中途半端に理解をしていて余計なことをやり過ぎてしまっていることも考えられます。

試合の直前までストレッチを行っていたということですが、この学生の場合はサッカーをやっていたわけですが、サッカーは点取りゲームです。非常に広いフィールドの中を走り回って、アグレッシブに攻めて点数を取らなければいけません。バスケットボールやバレーボールのようにたくさん点数が入る競技ではありませんので、1点の重みと言うものが違います。

その中で敵が動く限りはボールにひたすら食いついて行って出来るだけマイボールにする必要がありますが、そのときに求められているのは柔軟性ではないわけです。

瞬発力や反応力、反射力といったものが非常に重要になってくるわけですが、上記の学生は試合直前までストレッチを行っていたということです。

本人に問うたところ、このときに行ってストレッチというのは止まって行う開脚だとか、太ももを伸ばすようなスタティックなストレッチ、つまり体を動かさずに固定した状態で行うストレッチをやっていたということです。

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通常、スタティックストレッチはどのような場面でやるべきかと言いますと、運動が終わって疲れを明日に残さないために、あるいは運動でパンパンに張った筋肉をほぐして元の長さに戻すために、こういった目的で行うのがいわゆるストレッチです。

ところが、これから試合や部活の激しい練習が始まる前に行うというのは、その運動の準備運動として行うべきなので止まって行うストレッチではなく実はちょこちょこ体を動かしながら行う動的なストレッチ、いわゆるダイナミックストレッチングというものをやらなければいけません。

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例えば、サッカーをやっている人の場合だと有名なものにブラジル体操というものがあります。体を動かしながら、細かに股関節や足関節、膝関節、肩関節、首回り、こういったところを複合的に動かしていきながら、徐々に専門のサッカーで使えるような動きに特化していくための準備に取り入れられるものです。

筋温を上げて本番に備えることが大切

どうして学生は試合直前までスタティックストレッチをやっていたのか。当然この学生は全国大会につながるようなところまでは行っているわけですからレベル的にはそこそこあったと思います。

そういう子供たちを指導している先生がなぜ試合直前までスタティックストレッチすることを容認していたのか。本来、いまから動くわけですから、体をウォームアップして筋肉の温度を上げていかなければいけないわけです。

具体的に言えば、筋肉の温度というのは40度に近づくにつれて神経の伝達速度が速くなることが分かっています。

通常、人間の平熱は36度5分くらいですから、筋温についてはそこから2度、3度くらいは上げていかなければいけないわけです。

ところが、スタティックなストレッチをいくらやったところで体温は全く上がりません。ウォームアップとしては全く役に立たないことを何故時間をかけてやらなければいけなかったのか疑問です。

おそらくこの学生は、試合の前に怪我をすることが多かったというのは毎回試合直前にスタティックストレッチをやっていたのではないかと思います。

ストレッチをやっているのに怪我をしている、だからもっとやらなければいけない、という気持ちが働いたかも知れません。

繰り返しになりますが、運動をする直前はそのメインで行う運動に類似した動作を行うことによって徐々に筋肉の温度を上げていくことが必要だということです。

もちろん、最初からいきなり動くと筋肉を痛めたりすることは当然起こりうることですから、最初は小さな動き、ゆっくりした動きから徐々に動きを大きく、そして速く、ダイナミックかつパワフルに行っていくという段階を経て、実践形式のウォームアップへ移ります。

実践形式であれば、例えば、ボールを使う競技であればボールを使った動き、相手と組み合うような競技であれば相手と組み合うような模擬的な練習などをやることによって本番に備えるということが原理原則です。

試合の直前まで止まった状態で行うストレッチというものをやっている人がいないかどうか、自分たちがどのような取り組みをしているのか、今一度見直していただければと思います。

指導者の先生方は、部活に出てきた時に「ちゃんとストレッチをやっておけよ」と声掛けはしますが、そのストレッチが一体どのような意味を持っていて、どのようにするのが正確なことなのかということについては、ほとんど指導をされていません。

私(森部先生)はこれまでに200以上のチームに実際に実技指導、それから講演会を行ってきましたが、これまで行った学校の8~9割の学校の指導者の方はストレッチの正しい行い方、特に運動前と運動後に行うストレッチの違いだとかを区別して行っている先生はいらっしゃいませんでした。

この状況は深刻な問題を含んでいると思いますので、今回説明させていただきました。

ストレッチについて、他の事例もご紹介します。

怪我を予防するためのストレッチとは

【ストレッチの講座に参加した方の感想】

中学の国体の選考会の時に、いつもより長く時間をかけてストレッチを行っていた。しかし、緊張していたということもあったが、身体を思うように動かせなかった。そして、その試合で脚の靭帯を伸ばした。それまであまり怪我をしたことが無かったので、その時の怪我は自分にとって大変驚きだった。ストレッチをすることで身体がほぐれ怪我の防止になると考えていたが、逆に怪我をしやすくなるということを知った。(サッカー)

「逆に怪我をしやすくなるということを知った」というのは、私(森部先生)の講義を受けて理解をしたと言うことです。

中学の国体の選考会、非常に重要な大会の前で気持ちも高ぶっているわけですし、ただでさえ大舞台に望む緊張感もあったと思います。その時にいつも以上に念入りに時間をかけてストレッチをやったということです。

ところが、このストレッチが先ほども説明したようにスタティックなストレッチ、つまりその場で動かずにしっかりと筋肉を伸ばしていくストレッチをやったことを意味しています。

これをいつもよりも時間をかけたことによって結果的に何が起きたかと言うと「体を思うように動かせなかった」と言うことです。

スタティツクストレッチでパフォーマンスを発揮できない理由

「体を思うように動かせなかった」ことについては2つ理由があります。

これは緊張感があったということではなく、スタティックなストレッチをやっていたがためにウォームアップができていなかったということが一つです。生理学的に体をスピーディーにパワフルに動かす準備ができていなかったと言うのがあります。

もう一つは筋肉を長く伸張させてしまったことによって筋収縮を起こすことに関して抑制が働いてしまい大きな力を出せない体になってしまったということです。

これは誰でも起きることなので、もしお話ししたことが疑わしいと思うのであれば事故を起こされた場合は一切責任を持てませんが徹底的にスタティックストレッチをやったあとに例えば反復横跳びを行ってみて下さい。カーペットの上だとか、あるいはスパイクを履いて芝の上とか、こういったところで要は切り替えしで非常に大きなブレーキがかかりやすい状態を作って運動をしてみると分かると思います。

ほとんどの方はいつもと同じように動けない、力を入れることが怖いと感じると思います。無理をして頑張っていくと当然のことながら捻挫をしたり、あるいは靭帯を切ってしまうことを起こり得ます。

私(森部先生)はこのようなことを指導者の研修会だとか、資格講習会でも説明をして受講生の方々に理解をしてもらうようにしていますが、当然自分が経験してきたことと違う説明をされるとまずはだいたい疑ってかかるんですね。

「そんな馬鹿な、運動する前にストレッチをするのは当たり前じゃないですか。先生何を言っているんですか」ということで食ってかかる方もいます。

じゃあ、実際に実験やってみようよ、その変わり怪我をしても知らないよということで断った上で実験をすることがあります。その場合、ほとんどの人がパフォーマンスを発揮できないか、もしくは頑張って歯を食いしばってやろうとすると怪我をしてしまうケースがあります。

納得いかない受講生には、自己責任でやってねと言うことで断っているわけですが、それでも起きてしまいまうのです。

ただ、彼らの場合は指導者になるわけですから、身を持って経験したことによって子供たちにはそのような指導はしないといった知識と経験が身に付くことになるでしょう。

しかし、今現在学校で指導をされている先生方が運動前に子供たちに徹底的なスティックストレッチをやらせるというのは怪我を助長してしまうことになるので大いに気を付けていただきたいと思います。

まずは、メインの運動・スポーツでスピーディーにパワフルに、敏捷性のある動きを繰り返さないといけないような競技をやる場合には筋肉は十分にウォームアップしなければならない、それから心肺機能を高めていかなければいけない、そのためには動いてウォームアップする必要があります。止まった状態でのストレッチでは、ウォームアップは全くできないと考えた方がいいでしょう。

そして、実際の動きに類似させた動きを繰り返していきながら、徐々に体温(筋温)を上げて、薄っすらと汗がにじんでくるような状態になるとウォームアップができていることになるわけです。

こうした準備ができて初めて、そこから対人練習につないでいかなければいけません。

ウォームアップがうまくできないのにメインの競技で勝てるはずがありません。ウォームアップを制する者はその試合を有効に進めるための条件でありますので、ぜひこういった運動プログラムのデザイン、どのように進めていくのかと言うことに関しては指導者の皆様、周りの大人の方々が十分に注意をして自分の子供さんたち、生徒さんたちが怪我をしないようにしっかりと指導をしていただきたいと思います。

筋トレTV 出演・動画監修 森部昌広 先生
九州共立大学 経済学部准教授・経済経営学科スポーツビジネスコース主任・サッカー部部長、一般社団法人全日本コンディショニングコーチ協会代表理事、一般社団法人日本メンタルトレーナー協会理事、九州大学非常勤講師(健康・スポーツ科学)、財団法人福岡県スポーツ振興公社スポーツアドバイザー、株式会社GET専務取締役、アイ・エム・ビー株式会社取締役、森部塾塾長